渋谷を舞台に、ヒット商品誕生のメカニズムを考える「渋谷学」という講座が國學院大学(渋谷区東4丁目)で開かれたことがあった。商標登録したのは今年7月である。▼大学もなかなか粋なことをするものである。例えば、渋谷駅前のスクランブル交差点を行き交う人の数は、1日50万人だという▼250万部超のベストセラー携帯小説「アユの物語」も渋谷が舞台だった。渋谷を舞台にした小説は意外に売れないというジンクスを覆した▼映画の単館の草分け的存在である「ユーロスペース」は何と25年前の1982年にオープンしている。ルーズソックスは89年ごろ青山学院の女の子の間で広まった。スポーツ用厚手ソックスをたるませ、はいたのが由来。ソニープラザが目をつけ「EGスミス」という米ブランドを輸入した。瞬く間に全国に流行したのは周知の如く▼東急文化会館跡地の建て替えや地下鉄13号線の開通が近い。ハチ公と挟んで反対側の駅東口の再開発が本格化する。なんやかんやと言っても、この街から目は離せない。
小泉信一・朝日新聞記者
〜この町で生きていきたい〜
 この人の場合、二足のわらじなんてものじゃない。かつしかFMの放送局長は毎日の仕事だが、それ以外にあるときは区内小学校のゲストティーチャー、あるときは都立高校のキャリアアドバイザー、そうかと思うと企業講習の講師や葛飾区主催の講演会の講師まで。平均睡眠時間4時間、超人的スケジュールをこなすスーパーレディだ。
PROFILE
1954年生まれ。日本大学文理学部国文学科卒業。在学中よりフリーでアナウンサー・DJとして活躍。
1982年結婚を期に仕事をやめ、家事・子育てに専念する。
1991年仕事復帰、学習塾講師として13年間勤める。43才でかつしかFMと出会い、4年間のボランティアを経て2001年に放送局長に就任した。
2003年より取締役放送局長として現在に至る。
私の原点!アナウンサーデビューは1975年
仕事は自分を映す鏡
今でも私の中にいる母
 自分を見つめることってなかなかないですよね。
佐々木啓子として、社会の一員として“自分の能力や存在が役に立て”それはどの程度まで?と常にチャレンジです。自分の今をしっかり受け止めて、次のステージのために自分磨きをすることも大切。
 年と共にシワやシミが増え、肌もカサカサ…思うようにいないことも沢山ありますよ!でも幸せです。理解してくれる人がいて、こういう思いにさせてくれるいい仕事仲間に恵まれて、日々学ばせてもらっています。幸せは身近なところにいっぱいあると実感できる毎日です。
 凛とした人…泣かない・くじけない・弱音を吐かない人。33歳で未亡人となっても、涙をこらえて強く生き抜いた…そうせざるをえなかった母を誇りに思います。そして、その母を超えることが私の夢だったんです。“今を受け止めて精一杯生きる”ということを身をもって教えてくれた人でした。

何をではなく、誰とどんな風に食ぺるか!が大切
 どんなに豪華でも、一人きりでは意味がない。どんなにおいしいものでも心が通わない人とは食べたくないですね!。自分をわかってくれる人と、プライベートで食事をすることが、私の楽しみの時間。また頑張ろう!と思えるリフレッシュタイムです。

TPOで使い分けるアクセサリー
 一番最初に目に入るのは、残念なが
ら心の中ではなく、外見なんですよね。
そして、装いにはその人の中身が現れ
ると思います。だからこだわりたい。
仕事中は、いろいろ組み合わせられる
無地のスーツやジャケットが多いけど、大好きなアクセサリーや小物でバリエ
ーションを効かせています。

趣味がない!?
 趣味がないので、休み
の日は何をしていいかわ
からないんですよね。美
容院やマッサージ、岩盤
浴行ったりするかな…
でも結局することがなく
なっちゃって(笑)

“お母さん廃業宣言”
 大学入学と同時に、熊谷で一人暮らしを始める息子(悠介さん現在25才)に手紙を書きました。今日でお母さんを廃業しますと宣言したんです。「あなたも、自分の思う道を信じて歩いていきなさい。れからは社会の先輩の一人として私を見てほしい。」と伝えました。私たちがそれぞれの親にしてもらったように、彼が選んだ道を応援してあげることが、親の道だと考えました。
カッコイイおかんは僕の
自慢です!(From 悠介)




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